自然災害への事前の備えと災害時の労務管理

はじめに
ご存知のとおり日本は地震や台風、豪雨などの自然災害が多い国であり、毎年各地で大きな被害が発生しています。最近でも地元熊本で大規模な地震が発生し大きな被害がでております。
企業には、今後高い確率で災害が発生することを見据えた事前の備えと適切な労務管理がこれまで以上に求められると思います。
災害発生時には従業員の安全確保が最優先となりますが、休業手当や賃金の取扱い、労災保険、安全配慮義務など、企業として適切に対応しなければならない事項が数多くあります。
今回は、自然災害への事前準備と災害発生時の労務管理について解説します。
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まずは平時からの備えが重要
会社には、従業員が安全に働けるよう配慮する「安全配慮義務」があります。そのため、災害が発生した際の対応方法をあらかじめ定めたマニュアルの作成や、緊急時の連絡体制の整備、防災用品の備蓄などを平常時から準備しておくことが重要です。
また、自社の防災対策が十分であるかを定期的に確認し、防災チェックシートなどを活用して改善を進めることも有効です。
「事業継続計画(BCP)と体制の整備」と「オフィス・事業所の安全対策」、「防災備蓄品」の3つのチェックシートを掲載しております。是非自社の整備チェックにお役立てください。

災害時の休業手当の考え方
災害発生時には、企業活動を継続することも大切ですが、それ以上に従業員の安全確保を最優先に考えなければなりません。災害の状況によっては、出社を見合わせて自宅待機や休業とする判断が必要になることもあります。その際に混乱しないためにも、休業手当の考え方をあらかじめ理解しておくことが重要です。
自然災害によって事業を休止せざるを得ない場合、休業手当を支払う必要があるかどうかは、「不可抗力」による休業かどうかで判断されます。
不可抗力と認められるためには、次の2つの条件を満たす必要があります。
- ・ 原因が事業の外部から発生した事故であること
- ・ 事業主が最大限の注意を払っても回避できない事故であること
例えば、地震や台風などにより事業所が被災し営業できない場合や、大規模停電などが原因で操業できない場合は、休業手当の支払い義務が発生しない可能性があります。
休業手当の計算は平均賃金の60%以上を支払う必要がございます。計算方法は下記の資料をご確認下さい。
参考|厚生労働省『休業手当(平均賃金の60%以上)の計算方法』
一方で、企業が休業を命じておらず、従業員自身の判断で出勤を見合わせた場合は、原則として「ノーワーク・ノーペイ」の考え方が適用され、勤務がなかった日、時間に対しての給与は控除することが認められています。
ケース別に見る賃金の取扱い

ケース① 会社が被災し営業できない場合
会社の建物が被災し営業ができなくなった場合、不可抗力による休業であれば賃金や休業手当の支払いは不要となる場合があります。
ただし、会社の経営判断による休業である場合は、休業手当の支払いが必要になる可能性があります。
また、従業員自身も被災して就労できない場合は、従業員側の事情によるため、賃金や休業手当の支払い義務はありません。有給休暇を取得するかどうかによって取扱いは異なります。
ケース② 悪天候で現場作業が中止になった場合
悪天候が事前に予測できるケースでは、「不可抗力」ではなく会社側の経営管理上の理由と判断される場合が多く、休業手当の支払いが必要となる可能性があります。
このような場合は、あらかじめ振替休日や代休を設定するなどの対応を検討するとよいでしょう。
ケース③ 安全のため早めに帰宅させた場合
台風接近などにより会社が安全確保を目的として早めの帰宅を指示した場合は、「会社都合」と判断され、休業手当の支払が必要になります。
- 例)
- 所定労働時間:1日8時間
- 当日の実績:午前4時間勤務、午後4時間は会社指示で帰宅
- その労働者の「1日あたりの平均賃金」:10,000円
- 半日4時間勤務分の賃金:5,000円
- ①平均賃金の60%を算出
- 平均賃金:10,000円
- 10,000円 × 60% = 6,000円
- ②その日に支払う「実労働分の賃金」と比較
- 午前4時間分の賃金:5,000円
- この5,000円は、「平均賃金の60%(6,000円)」を下回っているため、
- ③差額を休業手当として支払う
- 差額:6,000円 − 5,000円 = 1,000円
- → よって、この日の支払いは
- 賃金:5,000円(午前4時間分)
- 休業手当:1,000円(会社都合で休ませた午後4時間分)
ケース④ 従業員が公共交通機関や自宅災害など止む得ない理由のため出勤しないケース
- 例)
- ・自宅が被災
- ・学校の休校で子どもを見る人が必要
- ・道路寸断・公共交通停止で従業員の方は出勤したいができない
この場合、従業員本人に責任はありません。
法律上必ず有給扱いにしなければならないとは書かれていませんが、安易な欠勤控除は従業員との信頼関係を損ねます。有給休暇を消化してもらうか、災害休暇や特別休暇※で通常の賃金を支払うことも可能です。
※ただし、お休みが長期化すると、出勤している従業員の立場からすると不公平感を感じることがあるため、取り扱いに注意しなければいけません。
また、災害時にほとんどの従業員を安全確保の為、休ませるが一部の管理職や職種の従業員だけ出勤させた場合、危険手当や特別手当を支給して出勤してくれたことに報酬で応える配慮が必要なケースもあります。
実際には業種や職種、職場の人員体制、長期化するかしないかなどケースバイケースで対応を検討する必要があります。
また、就業規則に始業・終業時間の繰上げ・繰下げの規定がある場合は、それを活用することも可能です。さらに、在宅勤務への切り替えなども有効な対応策となります。
自然災害と労災保険
自然災害によるケガであっても、業務との関連性が認められれば業務災害として労災保険の対象となります。
例えば、勤務中に地震が発生し建物倒壊などにより負傷した場合は、通常は業務災害として認められる可能性があります。
また、通常の通勤経路で自然災害に遭った場合には通勤災害となる可能性があります。
ただし、会社が出勤停止を命じていたにもかかわらず、自ら出勤して被災した場合には、通勤災害と認められない可能性もあるため注意が必要です。
会社の安全配慮義務
労災保険から給付が受けられる場合でも、会社の責任がなくなるわけではありません。
会社に安全配慮義務違反が認められると、不足する損害について民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。
安全配慮義務違反が問われる内容として、
- ・必要な安全対策を講じる義務があったにもかかわらず、実施していなかったこと
- ・災害や事故の発生を予測できたにもかかわらず、適切な対策を講じていなかったこと
- ・適切な対応を行っていれば、被害を回避または軽減できたと認められること
などが判断されます。 近年では自然災害の予測精度も向上しているため、「予見できなかった」という主張が認められにくいケースもあります。災害が予想される際には、安全を最優先とした対応が求められます。
非常時払い制度

労働基準法では、災害などの非常時に従業員から請求があった場合には、給与支払日前であっても、すでに働いた分の給与を支払わなければならない「非常時払い」が定められています。
対象となるのは、
- ① 出産:本人またはその収入で生計を維持する者が出産した場合
- ② 疾病:本人またはその収入で生計を維持する者が病気やケガをした場合
※業務上のものか私的なもの(私傷病)かは問いません。 - ③ 災害:本人またはその収入で生計を維持する者が、地震、火災、水害などの災害に遭った場合
- ④ 結婚:本人またはその収入で生計を維持する者が結婚した場合
- ⑤ 死亡:本人またはその収入で生計を維持する者が死亡した場合
- ⑥ やむを得ない事由による1週間以上の帰郷:本人またはその収入で生計を維持する者が、やむを得ない理由で1週間以上帰郷する場合
などの場合です。
なお、将来働く予定分の給与を前借りさせる義務まではありません。
災害時の時間外・休日労働
災害発生後であっても、原則として36協定で定めた時間外・休日労働の上限を守る必要があります。
ただし、ライフラインの復旧や人命救助など、災害対応のために臨時の必要がある場合には、労働基準監督署長の許可(緊急時は事後届出)により上限を超えた時間外労働が認められることがあります。
一方で、「単に業務が忙しい」という理由だけでは認められません。
参考|厚生労働省『災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等について』
保険料の納付猶予制度
自然災害によって経営が大きな影響を受け、社会保険料や労働保険料の納付が困難になった場合には、一定の要件を満たすことで納付猶予制度を利用できる場合があります。
利用するためには企業からの申請が必要となるため、被災時には早めに年金事務所や労働局などへ相談することが大切です。
【社会保険料】
参考|日本年金機構『厚生年金保険料等の猶予(換価の猶予・納付の猶予)』
【労働保険料】
参考|厚生労働省『労働保険料等を一時に納付できない方のための猶予制度について』
助成金紹介
企業側は、自然災害などの影響で事業活動の縮小を余儀なくされた場合に、従業員に支払う休業手当の一部を国から助成してもらう「雇用調整助成金」という制度を利用できる可能性があります。 この制度は、会社が休業手当を支払う際の負担を軽減し、雇用維持を支援するものです。
今回の令和8年熊本地震でも政府の方針発表で、「雇用調整助成金」による「雇用維持支援」の強化が示されていますので今後、厚生労働省より制度が公表される可能性が高いといえます。情報公開され次第、お知らせしてまいりますので被災された事業所様はぜひご確認いただきご検討下さい。
※令和8年8月24日時点最新情報は以下となります。
参照|令和8年熊本地震に伴う雇用調整助成金の特例を実施します
まとめ
自然災害はいつ発生するかわかりません。そのため、企業に求められるのは「災害が起きてから対応する」ことではなく、「災害が起きる前から備えておく」ことが肝要です。
緊急時の対応マニュアルの整備や連絡体制の構築、就業規則の見直しなど、日頃から準備を進めておくことで、従業員の安全を守るだけでなく、企業としてのリスクを最小限に抑えることができます。
万一の事態にも冷静かつ適切に対応できるよう、この機会に自社の防災対策や労務管理体制を改めて確認し、安心して働ける職場づくりを進めていきましょう。
〈この記事を書いた人〉
山下 謙治
Kenji Yamashita
社会保険労務士法人 プロセスコア 代表
日越協同組合 監事
社会保険労務士・行政書士・マイケルボルダック認定コーチ
日産鮎川義塾 師範代 九州本校 塾長
社会保険労務士として人事・労務の課題解決を通じて地元熊本を中心に中小企業の経営支援20年のキャリアを持つ。従来の社会保険労務士の業務だけでなく、管理職育成を中心とした教育研修事業や評価制度導入支援を行い、経営者が抱える、組織上の悩みや課題解決の支援を行っている。得意とする業務は、起業から5年目以降の発展期における組織強化・拡大期の採用・教育・評価・処遇といった人事制度づくりの支援。
最近の講演内容
「社員の評価制度と賃金制度のあり方」 肥銀ビジネス教育株式会社主催
「欲しい人材を引き寄せる!求人募集と採用選考の見極め方セミナー」株式会社TKUヒューマン主催

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