義務化された熱中症対策と実務上のポイント

近年、気候変動の影響により猛暑日が増加し、職場における熱中症による労働災害が大きな社会課題となっています。
特に熱中症による死亡災害の多くは、初期症状の見逃しや対応の遅れが原因とされており、企業にはこれまで以上に適切な予防と対応が求められています。
こうした状況を受け、2025年6月に改正労働安全衛生規則が施行され、一定の高温環境下での熱中症対策が事業者の法的義務となりました。
今回は、熱中症対策の基本知識から、重要な予防策である「暑熱順化」、そして企業が取り組むべき具体的な対応について解説します。
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■ 熱中症とは
熱中症とは、高温多湿な環境下で体温調節機能がうまく働かなくなり、体内に熱がこもった状態をいいます。
主な症状として、
- ・ めまい
- ・ 立ちくらみ
- ・ 頭痛
- ・ 吐き気
- ・ 倦怠感
- ・ 意識障害
などが挙げられます。
症状が進行すると命に関わる危険もあるため、早期発見と迅速な対応が極めて重要です。
重症度分類の見直し
2026年からは、厚生労働省のガイドラインにおいて熱中症の重症度分類が見直されました。
これまでのⅠ度~Ⅲ度から、Ⅰ度~Ⅳ度へと変更されています。
Ⅰ度の段階で適切な処置を行えば回復が期待できますが、症状が改善しない場合やⅡ度以上の症状が見られる場合は、速やかに医療機関へ搬送する必要があります。

■ WBGT(暑さ指数)について
熱中症対策というと気温ばかりに注目しがちですが、実際には湿度も非常に大きな影響を与えます。
湿度が高い環境では汗が蒸発しにくくなり、体温調節が難しくなるためです。
さらに、輻射熱(地面や建物、体から出る熱)や風(気流)も熱中症に関係してきます。
これらを総合的に評価する指標が「WBGT(暑さ指数)」です。
WBGTは熱中症予防のための重要な判断基準として活用されており、職場だけでなくスポーツや日常生活でも利用されています。
たとえば、運動については、暑さ指数31以上で「運動は原則中止」、28以上31未満で「厳重警戒(激しい運動は中止)」などの指針が設けられています。
暑さ指数の実況と予測は、環境省の「熱中症予防情報サイト」で確認することができます。
熱中症予防情報サイト(環境省)| http://www.wbgt.env.go.jp
暑さ指数が高いほど熱中症の危険性は高まるため、現場では気温だけでなくWBGT値を確認する習慣をつけることが大切です。
■ 真夏だけではない熱中症リスク
熱中症による労働災害は8月だけでなく、5月下旬から6月にかけても増加する傾向があります。
その理由として挙げられるのが「暑熱順化不足」です。
暑熱順化とは
暑熱順化とは、身体が暑さに慣れることを指します。
暑さに慣れていない状態では、
- ・ 発汗機能が十分に働かない
- ・ 体温調節能力が低い
といった状態になり、比較的低いWBGT値でも熱中症を発症する危険があります。
そのため、本格的な夏を迎える前から暑熱順化に取り組むことが重要です。
■ 暑熱順化の進め方
① 7日以上かけて段階的に行う
暑熱順化は、最低でも7日間、できれば2週間程度かけて行うことが推奨されています。
特に新入社員や異動者などは、他の従業員と同じ作業量をいきなり与えるのではなく、段階的に負荷を高めることが必要です。
② 一度慣れても失われる
暑熱環境での作業を中断すると、暑熱順化は徐々に失われます。
一般的には、
- ・ 約4日後から低下が始まる
- ・ 3~4週間でほぼ消失する
とされています。
ゴールデンウィークや夏季休暇など長期休暇明けは、ベテラン従業員であっても注意が必要です。
休憩時間を増やすなど、再順化を意識した対応が求められます。
③ 日常生活でできる暑熱順化
暑熱順化のポイントは「適切に汗をかくこと」です。
入浴や運動を継続することで、暑さに対応しやすい身体づくりにつながります。
近年は9月頃まで暑さが続くことも多いため、企業としても従業員へ継続的な声掛けを行うことが重要です。

参考|厚生労働省『働く人の今すぐ使える熱中症ガイド』P85 例
■ 義務化された熱中症対策
2025年6月1日から、以下の条件に該当する作業では熱中症対策が義務化されています。
対象となる作業
「熱中症を生ずるおそれのある作業(WBGT 28℃以上または気温31度以上の環境下で、継続して1時間以上または1日4時間を超えて行われることが見込まれる作業)」
■ 企業が整備すべき2つの体制

(出典)厚生労働省『職場における熱中症対策の強化について』P4(一部抜粋して掲載)
① 報告体制の整備
熱中症が疑われる従業員を発見した際に、誰へ、どのように報告するのかを明確にしておく必要があります。
また、その体制を作業開始前に整備し、関係者全員へ周知しなければなりません。
② 対応手順の作成
熱中症発生時の対応フローを定めておくことが必要です。
①同様に作業が行われる前に手順を作成し、関係者に周知しなければなりません。
企業が必要な措置を講じない場合、法令違反として罰則の対象となる可能性があります。
■ 熱中症リスク評価のポイント
厚生労働省が2026年に公表したガイドラインでは、単にWBGT値を測定するだけでなく、現場の実態を踏まえたリスク評価が求められています。
参考|厚生労働省『職場における熱中症防止のためのガイドライン』
熱放散を妨げる要因の確認
- ・ 通気性や透湿性の低い衣服や保護具
- ・ 高温・多湿な作業環境
- ・ 連続作業
熱産生を高める要因の確認
- ・ 身体作業負荷の大きい作業
■ 評価方法と着衣補正について
熱中症リスク評価では、WBGT値に「着衣補正値」を加えて判断します。

(出典)厚生労働省『職場における熱中症防止のためのガイドライン 表1-2衣類の組合せによりWBGT値に加えるべき着衣補正値(℃-WBGT)』P20(一部抜粋して掲載)
例えば、フードなしの不透湿性つなぎ服を着用している場合、実測WBGTが20℃であっても評価上は30℃となるケースがあります。
つまり、
「測定値だけでは安全に見えても、実際には高リスク状態」
ということが起こり得るのです。
現場では測定値だけでなく、作業服や保護具も含めた総合的な評価が必要になります。
■ 現場での具体的予防アクション
制度を自社で特定した熱中症リスク要因と評価に基づき、実施すべき具体的なアクションを決定します。
自社の状況や熱中症リスクの評価を踏まえ、下記リンクの対策案の中から、自社に適したものを選択して実施することが望まれています。
■ 継続的な取り組みが職場を守る
熱中症対策は、単に夏の間だけ実施するものではありません。
- ・ ヒヤリハット事例の共有
- ・ 重症度分類の教育
- ・ 応急処置訓練
- ・ リスク評価の見直し
などを継続的に実施することで、より安全な職場づくりにつながります。
■ 熱中症予防策のチェックリスト
どんなに対策を施しても熱中症のリスクをゼロにはできませんが、社員個人が正しい予防方法・知識を身につけて、普段から注意することが大切です。
熱中症予防のために
以下、主な予防策をチェックリストにしたので、参考にしてください。

■ おわりに
熱中症は、正しい知識と事前の備えによって防ぐことができる災害です。
法令対応のためだけではなく、従業員の命と健康を守るという視点からも、企業には主体的な取り組みが求められています。
今年の夏を安全に乗り切るためにも、自社の対策状況を今一度確認し、現場に合った熱中症予防体制を整えていきましょう。
従業員が安心して働ける環境づくりこそが、企業の持続的な成長を支える大きな力となります。
今回のコラムは以上となります。
お読み頂きありがとうございました。
〈この記事を書いた人〉
山下 謙治
Kenji Yamashita
社会保険労務士法人 プロセスコア 代表
日越協同組合 監事
社会保険労務士・行政書士・マイケルボルダック認定コーチ
日産鮎川義塾 師範代 九州本校 塾長
社会保険労務士として人事・労務の課題解決を通じて地元熊本を中心に中小企業の経営支援20年のキャリアを持つ。従来の社会保険労務士の業務だけでなく、管理職育成を中心とした教育研修事業や評価制度導入支援を行い、経営者が抱える、組織上の悩みや課題解決の支援を行っている。得意とする業務は、起業から5年目以降の発展期における組織強化・拡大期の採用・教育・評価・処遇といった人事制度づくりの支援。
最近の講演内容
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